アスペルガー男の頭いっちゃってるブログ

アスペルガー、双極性障害、アトピー、を完治するためのブログ。アスペ的奇妙な事も書いていきます。躁状態早く来い!

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私の東日本大震災の体験

こんばんわ!

東日本大震災からもう8年ですか。

今日夢に昔飼っていた犬が出てきて、この記事を書こうと思いました。

今回は私が経験した、東日本大震災の事を書いていこうと思います。

 

私の被災地は、全国でも放送されるくらい、被害が大きかった場所です。

テレビで放送される内容と、現実は違うので、色々と書いていきます!

 

 

大震災が起こる前、3月9日

 

私は当時酷いうつ病で、感情が無くなって、起きられるのは午後の3時頃、ご飯も食べられず痩せ細っていました。

動くこともままならないので、いつもネット上で活動するのがやっと、情報収集する日々でした。

 

そして私はネットで、大地震が来る、何かが起こるという情報を入手、というか普通にネットニュースでもやっていました。

若かった私は鵜呑みにして、いつ大地震が来るか、テレビに張り付くようになりました。

すると父島と言うところで、大きめの地震がきていました。

 

これで、終わりかぁと思った数日後の、3月9日

マグニチュード7.3の大地震が来たのです。

Wikipediaにものっていますが、小さな津波もきていました。

これが3.11の前震と言われています。

 

この地震が起きたときに私は、急いで荷物をまとめて、避難しようとしていましたが、家族は誰も避難せずに、一人で避難していろ!というかんじでした。

 

 

東日本大震災が発生。

 

それから二日後、あの大地震が発生しました。

時刻は2時46分、私は寝ていましたが、地震で起きました。

立っていることが出来ず、四つん這いで地震が収まるのを待っていました。

とてつもない大地震で、絶対津波が来ると分かりました。

 

すぐさま荷物をまとめて、テレビを見ると、50cmの津波と表示されていて、大したことない感じです。

このテレビでの50cmの津波、を見て非難しないと決めた人も多いようで、海に様子を見に行く人も多数いました。

 

地元の放送でも、危機感がない感じで、避難してください、という感じでした。

 

皆危機感が無さ過ぎる

 

しかし直感的にヤバい!と思った私は、必死で早く避難しようとしていました。

当時自宅には、母と妹が居て、父は出張で内陸部にいました。

母はチリ地震津波などの影響から、床上浸水くらいと判断して、家中の物を高いところに上げていました。

 

そこで私と妹が、早く避難しよう❗死んでしまう‼と避難を促しました。

するとゆっくりゆっくり、家から出てきました。

ここに、大津波が来るという発想はありません。

 

後から聞いた話ですが、私の父親も家に居たら、確実に海を見に行っていたと話しています。こんな意識では絶対ダメです

 

家から出て、母も、近所の人にも、危機感は全くありません。

平和に世間話しながら、ゆっくりまったり避難していました。

 

「津波は来ないと思うけど、一応ねぇ」、と言った感じです。

 

私は走ってでも避難したかったけど、周りに合わせるしか無かったです。

 

周りがそういう平和な雰囲気の中で、自分が「急いで逃げて!死んでしまう!」何て言ったら変人、頭おかしい人な雰囲気です。

高い階段を上るときに、ペットの犬も居たんですが、高齢犬で急な登坂を上れませんでした。

 

絶対に引き返してはいけない

 

そこで母と妹が、犬を自宅に置いてくると、家に引き返しました。

この時に、別の道を通れば高齢犬も上れたのですが、冷静じゃなかったので考えられなかった。

 

そして自宅に戻った母と妹が中々戻って来ないことに、とても不安を感じていました。

私は既に頂上にいたので、戻ってはダメだ、という言葉が届いていませんでしたし、急いで戻ってきてという言葉も、届いていませんでした。

 

妹が付いているなら大丈夫だろうと。

 

私は避難場所である神社の頂上で、今で言うガラケーでの掲示板で、情報収集をしていました。

まだスマホが一般的ではない時代です。

その掲示板で、大船渡にとてつもない津波が来て、家が流されているという情報を得ていました。

他の書き込みにも、とてつもない津波が来て来ていると。

 

そこで私はこの避難場所でも、危ないかも知れないと感じ、周囲を見渡して、高い場所を探していました。

今の神社の裏を登れば、もう少し高くなるな、とか考えたり、もっと高いところへの移動を考えていました。

 

しかし母と妹が戻ってくるまで、動けない、もどかしい感じでした。

 

すると海の方から、とんでもない津波が来ているのが見えました。

その頃に下の方で、母と妹が来るのが見えて、早く登ってこい!と呼び掛けていました。

 

妹はすぐに登ってきましたが、母は下の方で、お婆さんたちと談笑中。

そして物凄い津波が、防波堤に直撃、すぐに壊れましたね。

そこからは町に津波が流れて、家々が物凄い音を立てて壊れ流され、砂ぼこりは舞い、黒い津波が流れてきました。

 

この時にもまだ母は、低いところで談笑中。

私たちは高いところから、町がめちゃくちゃになっているのを見ていますから、早く登ってこい!と叫び続けていました。

 

やっと母が気づいたけど、状況を理解できずに、呆然としていました。。

そこから母がやっと登ってきて、避難場所の神社の周りも津波が来ました。

 

皆泣き叫んだり、流された人が、助けてくれ‼と言っていたり。

自宅が見る影もなく、壊れた家が流されているのを見たり。

物凄い衝撃的な光景でした。

 

私は当時感情を失っていたので、何も感じませんでした。

でもそのおかげで理性的な行動は出来ました。

 

私の隣に住んでいた人とか、家に大事なものを取りに行くと言って、引き返して無くなっています。

こういう場合絶対に引き返してはいけない。

 

大津波のその後

 

津波が一段落したあと、もっと高い場所に避難しようと、元々考えていた場所に移動しました。

私たちがそこに移動すると、多くの人もやって来ました。

皆、着いてきていたのかも⁉

 

この時にも大地震が続いていて、建物内は危ないという考えもありました。

そして日も暮れてくるころ、真冬だったので、非常に寒くなり、建物に避難しました。

 

夜中には、津波で流されたけど、生き延びた人たちがやって来て、震えていたり。

低体温の人たちが毛布にくるまっていたりしていました。

 

翌朝現場を見てみると、やっとローンを払い終わったばかりの私の車が出てきたり、泥まみれで、道は通れない感じでした。

それでも色々な所を見回っていましたね。

 

避難場所での生活。

 

私は1週間か、2週間程度の避難生活でした。

消防車がやって来て、一日ぶりに飲む水は、ヤバいくらい美味しかったです。

父が出張から帰ってきて、車が合ったので買い物にも出掛けれました。

田舎なので車じゃないと、買い物にも行けません。

 

近くのお店にいくと、食べ物は取り合い状態の人だかり。

避難場所に戻ると、皆が恨めしそうな顔で、私たちを見ていて、隠れて食べていました。

炊きだしとかも始まりましたが、やっぱり炊き出しで出ないものを、食べたりするのは、そう思われて仕方ないと思う。

 

被災地では中国人窃盗団が来たり、他の窃盗団も来たという情報もありました。

私の家のお花とかも取られていましたね。

避難場所でも財布が盗まれたり、していました。

 

避難場所での服の配給も、焦らずに並んで、順番にと言われていたのに。

L サイズだけは取り合いになって、怒号が飛んでいました。

やめなさい!だめだー!みっともない!とかやめてくれ!とか。

私はLL サイズだったので、取り合いになりませんでした。

 

当時テレビで、日本人はこんなときでもちゃんと並んで、素晴らしい!と報道して世界から絶賛されていました。

でもそれは都会だと危機感が無かったからでは?

被災地では皆余裕が無く、醜い取り合いでした

 

配給から、お店での食料まで、皆必死でしたよ。

 

そして私は知り合いのお家に避難するのです。

 

大事なのは現実から目を背けない事

 

言いたい事は、現実を見なきゃだめだって思う。

テレビが50cmの津波と報じたって、あんな巨大地震が来たら大津波が来るなんて、普通に考えたら分かる。

もうこういう事が起きたのに、現在でも危機感がない人ばかりです。

 

いいように考えたいのは確かにわかる、きっと大丈夫、津波何て来ないさ、戦争なんてきっと起きない。

 

今要注意なのは、いつ来るか分からない震災は当然ですが、第三次世界大戦です。

危機管理としては、意識を変えないと、犠牲者になる。

 

戦争なんて起きない、起きるわけがない。

津波なんて来るわけがない、という固定概念、思い込みです。

 

考え方が逆で、いつか必ず起こると私は考えてます。

 

 

今現在でも、テレビやYouTubeでお偉いさん、教授や学校の先生の話を聞いていると、こう言うことを言っています。

 

北朝鮮、イランなどは弱い国だから、戦争なんかするわけがない。

核ミサイルなんか撃ったら、即アメリカに報復されて、国が無くなります。

それが分かっているから、戦争なんて起きませんよ!

 

なんて自信満々に言っています。

 

今の時代ミサイル攻撃で、アメリカが攻撃したら、5分以内に戦争は終わります。

だからどの国も、アメリカを攻撃できません!

 

こういう人たちは、津波で防波堤が壊れたことや、原子力発電所の事故を、想定外で片付ける、固定概念の強い方々。

 

電磁パルス攻撃や、人工衛星攻撃されたらどうするんです?

想定外の攻撃を受けたらどうするんです?

 

アメリカの司令官殺害だって、私は絶対にイランが報復して、戦争に発展するかもと想いましたが。

テレビのお偉いさんは、アメリカが怖いから、イランは報復しないと言っていましたよ。でも報復しました。

そもそもソレイマン司令官が殺害されたことにも、お偉いさんは想定外で驚いていました。

 

ここまで読んでくれて、歴史背景を知っていたら、何ら不思議ではありません

アメリカはイラン革命防衛隊をテロ組織認定したのですから、そのトップを殺害するのは普通に考えれば分かることです。

 

 

 

中東問題で言えば、宇野正美さんが、ずっと昔からイランから、アメリカはイランに攻撃すると言っています。

 

またウィルスもばらまいて、世界恐慌を引き起こすとも言っています。

中国のコロナウィルスはそういう目的のものでは?

ウィルスは経済的打撃力があるんです。

 

話がそれました、ソレイマンって感じで。

自分で考える力って大事だと思います。

 

今できる最良の事は、食料と水の備蓄。

もっと先を見据えれば、武器、武装。

最も大事なのは、自分で考え、判断する、思考力と判断力。

 

絶対に起こる、と考えたら、備蓄するのは当たり前ですよね。

どんどん備蓄品も品切れになってくると思いますよ。

実際なっているし。

テレビでは株価が下がって金が売れてる‼とか言ってるけど、金を買ったって、何の腹の足しにもなりません。

 

皆が食糧不足になったときに、金なんか要りますか。

 

戦時中、一番価値があるのは食料です。

 

石油の供給が止まらずに、戦時でも皆がお店で、お買い物できるような状況だったらいいですけど。

中国との戦争は、地獄になると思いますよ。

戦時中日本は、大災害に見舞われて、戦争どころじゃなくなるという噂もありますが。

どっちにしろ、備蓄と、考え方を変える、体力を付けておくことが大事だと思います

 

私は元々備蓄はしていましたが、ひょんなことから、リングフィットアドベンチャーというゲームで体を鍛えています(笑)

 

筋肉と言うか、体力がめちゃくちゃ付きました。

めちゃめちゃいいゲームです。

 

 

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 何か月生き延びるか計算して、1日何カロリーで生きるか計算して買うと、賢いですね。

自分は20キロ以上食料を備蓄してます。

水も大事ですよ。