アスペルガー男のブログ

アスペルガー、双極性障害、アトピー、を完治するためのブログ。アスペ的思考で様々な事を書いていきます。

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自殺について考える。死にたいと言う当事者の気持ちはどんなものか。

こんばんわ、ものです。

今回は、自殺、というものについて、独り言を書いていこうと思います。

最近、三浦春馬さんが自殺してしまったことがきっかけです。

一般の人たちは、あれほどイケメンで、才能があり、成功していたのに、何故自殺してしまったのか、疑問だと思います。

私は彼のように恵まれた人間ではありませんが、死 というものに魅了されていた時期があります。

 

そして私と、三浦春馬さんの自殺原因も全く違うものだし、比べるべきものでもない。

でも同じ自殺の苦しみというものは知っています。

彼は死を選ぶほどの、苦しみを背負っていたのは間違いないです。

 

現在様々な記事が出回っていて、三浦春馬さんの精神を追い詰めた要因は、精神的疲労にあると思いました。

春馬さんは本当は、農業がやりたい、という気持ちがありました。

しかし、母親や、事務所から説得され、農業の道を諦めました。

何故母親が、説得したのかは、様々な記事が出ているので、あえて書きません。

 

芸能事務所からしても、一般人からしても、三浦春馬さんが見られなくなるというのは、大きな損失です。

それほどの人物だったからです。

ですから芸能事務所にも、悪気は無かったと思います。

 

そして三浦春馬さん自身も、自らの仕事の素晴らしさについて理解していました。

そのうえで、仕事が苦痛だ、というより、疲れてしまったと言う方が正しいのかなと思います。

彼は非常に多忙で、俳優業、アーティスト、舞台と休みも無かったようです。

 

これは彼が非常に真面目な為、仕事を断ることが出来なかったんだろうと推測できます。

その真面目で、限界まで頑張ろうと言う所、責任感の強さが良く、鬱とも関係性が指摘されます。

そうやって責任感の強い人が、仕事を辞められなくて、追い込まれ死を選ぶケースは一般的ですが。

彼の場合、先の仕事も決まっていて、ファンも大勢いる、だから責任感、重圧は物凄いものです。

仕事を辞めて、ファンを悲しませることは絶対に出来ない、仕事仲間に迷惑はかけられない、という気持ちが自らを追い込み、限界を達してしまったのではないか、そう感じます。

 

自殺する人、ということは自分を追い込むと言う事で、他人のせいにしたり、世の中のせいにしたり、人のせいにしたり出来ない人です。

だから全部自分に返ってきて、自分を責めて追い込んでしまいます。

彼の発言にもそれを感じさせる発言があり、最近のSNSでの他人への悪口にも、苦言を呈していました。

これは彼が非常に繊細で、優しい性格だと言う事を表していて、それゆえ彼自身も非常に傷つきやすい性質だと分かります。

 

元々精神的に追い込まれていたところに、SNSでも批判された。

様々な要因が彼を追い詰めてしまったんだと思います

本当は農業をやりたかった春馬さん。

本当に優しく、他人の顔色を窺ったり、気づかいを見せた春馬さん。

その優しさ、繊細さが、精神的疲労に繋がり、農業をやりたいという気持ちになったんでしょう。

農業は自然相手、肉体労働と考え、精神的に休みたかったと考えられます。

 

本当にいい人って、こうやってストレスを吐き出せず、溜め込んでしまう

普通の人は、悪口を言ったり、それがSNSでの悪口。

だから悪口を言う人も不幸で、受け取る方も不幸。

 

精神的に弱いならSNSやるなという声

悪口言うやつがSNSやるなという声

 

ストレスがあるから、SNSで悪口、批判をするわけで、SNSやるなは見当違いだと感じる。

精神的に弱くたって、SNSやりたいはやりたい。やるななんて極端です。

SNSを吐き口にして、その人はストレス解消し、救われているかもしれない

でも同時に傷ついている人もいる。

SNSをどうにかしようなんて、出来ないと思う。

 

SNSだって社会の縮図で、弱肉強食、弱いと叩かれて負けてしまうだと思う。

SNSがどうたら、規制すべきだ、とか色々意見はあるが、規制したって形が変わるだけだと思う。

構図はいじめと同じで、優しい人間が被害に遭う

いじめと同じで、弱肉強食の世界である限り、解決できないと思う。

 

本気でSNSでのトラブル無くすんだとしたら、そこに自由は無いし

最終的に、どちらの主張が正しいか?という判断になる

それで賠償金とかなって、そんなんなったら皆、自由に発言できなくなり、それも問題です。

 

 

 

自殺願望当事者として

 

私は深いうつ病にかかったことがあり、大うつ病と言われるような状態でした。

その感覚は、奈落の底にいる感覚で、最も深いどん底の感覚がありました。

毎日どうやって死のうか、そればかり考え、希死念慮という状態が何年も続きました。

大体5年間は、死にたい衝動がありました。

 

そこに経験が無いような方々が思い描く、心が弱いとか、気合が足りないとか、そういう事ではありません。

例えば、アイスクリームが食べたいとか、彼女に会いたいとか、そういう欲求的な衝動に似ていました。

死ねたらいいなぁ、不謹慎ですが、死ぬことが出来た人が羨ましい、という感覚でした。

私は現実的な、苦しみからの逃げ、だと感じます。

一種のストレスからの、回避行動です。

 

私自身、友人はあまりいませんでしたが、母親がまともだったため、母親の事を思うと死ねませんでした。

死んだら母が悲しむ、苦しむ、数少ない友人も悲しむだろう、そう思うと死ねませんでした。

まだ子供だったし、鬱でだるかったこともあると思いますが、ロープがあれば死んでいたかもしれません。

 

私がおかしくなったのは、幼少期自宅で火事を起こしてからかもしれません。

皆がこの仕事に就きたい、と夢を語り、そこに向かっていくのに対して、

私は何一つ、なりたいものがありませんでした。

だから出来るだけ、楽でストレスの無い仕事をして、生きていこうと考えました。

 

そして就職し仕事をしているうちに、こうやって仕事して、結婚したりして子供が出来て、年を取って死んでいく。

私もそういう、普通の人生を歩んで、死んでいくんだな、って自分の人生が見えてしまったときから、私は狂いました。

皆色々な目的があって生きていると思う。

夢の為、生きるため、家族の為など

でも私には、生きる目的が無かった。

こんな苦痛な仕事をして、なりたい職業も無い、苦痛を受けわざわざ生きて居たくない、こういう考えになってしまいました。

 

そこから世の中を恨みだし、見下しははじめた

世の中弱肉強食、醜い世界、こんな世界に生きて居たくない。

この世界は悪魔が支配している、神なんかいない。

こうして私は世の中の、不正や、悪い面をたくさん感じ取ってしまい、この世界を軽蔑するようになった。

 

ようやくネット社会になり、世の中の闇も明るみになってきました。

国会議員は、中国の工作員、北朝鮮の工作員、アメリカ系ばかり。

他国に食い荒らされた日本

日本のスーパーコンピュータ(頭脳)を事業仕分けした蓮舫

日本は韓国に謝れと言う、国会議員

 

今になって一周回って、若者がネットにより目覚めてきています

結局私は、世の中の穢れた部分を、憎しまず、受け入れる事で心の苦しみから解放されました。

もう反発、反抗しないで、なるべく受け入れよう、より多くの事を許そうととなって、心の苦しみから解放されました。

それでも今世の中変えたいって人たちが出てきていて、そこは応援したいと思う

 

自殺を回避するには、考え方を変えると言うか、心の持ちようを変える事が大事だと思う。

SNSで酷いことばかり書かれているけど

こういう人たちに対して、酷い人ばかりだなぁとか、そんなこと書くんじゃないとか、否定的な感情を感じるのではなく。

ストレスが溜まっているんだなぁ、実生活がうまく行ってないんだぁ、人生が上手く行ってないんだなぁと

憐れんであげた方が、受け取り方としては大事です。

 

怒りを覚えるのではなく、プラスに考える

アンチとかも、わざわざ言いに来てくれて、自分の事が気になってるんだとか、考えようです。難しいことかもしれない、でも考え方の癖をつけることは出来ると思う。

相手を変えることは出来ない、だから自分が変わるしかない

 

私は自殺する人の気持ちが良く分かる、でも自殺はしてはいけない

でも自殺したいときの感情としては、その気持ちに寄り添って、自殺したっていいんだよって言って欲しい。

だって苦しみの最後の逃げ道まで、否定されたら本当に逃げ道が無くなる。

難しい問題だけど、今生きていて、良かったかどうかと言われると微妙な所です。

 

あの絶望的な時期に比べたら、今は一般的に見たら、とても幸せな状態です。

金銭的余裕、精神的ストレス0、愛がある。

これだけ満たされても、私は生きる気力、欲が無いのか、別に死んでもいいと思っちゃう。

幸せに生きてるけど、これ以上あるのかなって、もう色々いい経験したし、もう十分に楽しんで生きた。

生きてることに、飽きているし、知りたい事も知り尽くしたし、

これ以上生きていて、なんになるのかな?って思う

私はほんとダメな人間だと思う

 

 

哲学、希死念慮